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Ⅴ筆の練習
 ①線の練習 
 
 模写を描き始めるにあたって、まずは縦、横、斜めの直線を筆で描く練習をしました。
 筆の扱いに関しては、二つの疑問点がありました。
 
 第一は、筆の持ち方です。筆の持ち方には、一般的に単鈎(人差し指を筆管の向こう側へ回す)と双鈎(人差し指と中指を筆管の向こうへ回す)とがあります。私は、よりしっかりと筆を持ってコントロールできそうな双鈎の方を選びました。これは、自分が持ちやすければどちらでもよいと思います。
 そして、筆管を持つ位置。これも下の方を持つのか真ん中か、上の方か、実物を見た感じとしては、どうも上の方を持って描いていそうです。過去の日本画家たちの制作風景を撮った写真を見るとさまざまですが、よっぽど細かいものを描くとき以外は、真ん中か上の方を持っているようです。また、手首は机につけたほうがよいのか、離したほうがよいのか、という点も気になりました。
 いろいろと試した結果、筆管の真ん中より上のほうを持って、肘も手首もつかずに描くのが一番手が楽に動き自由がきくので、肘も手首もすべて宙に浮かした状態で垂直に筆を下して線を描く、即ち懸腕直筆の練習をすることにしました。模写の全工程中、最も難しかったのがここです。これはもう力を入れずにしっかりとした直線が引けるようになるまで、たくさん練習するしかありません。
 腕や肘、脇を固定せず、肩から指先まで全体が自由に柔らかく動くようにしておく、というのがコツのようです。

 第二の疑問点は、線を引くスピードです。実物をよく観察した結果、ゆっくり描いたに違いない、という結論に達しました。以下、鳥獣戯画展を見ての感想です。
 
 「さて、今回印刷物を見ながら模写していて途中で行き詰まり、どうしても実物で確認したいと思ったのは、筆遣いです。貴重な実物の展示、しっかり見てきましたが、かなり入念に、じっくり描いているようです。絵自体は速度感があり、パンフレットには手速く描かれたという解説もありましたが、実際に手速く描かれたのは、おそらく丁巻のみです。甲乙丙の三巻は、手速く描いては出せない線の特徴が出ているように思えます。まず、筆の入りですが、しっかりした力がありながら、柔らかく、鋭さがありません。これはやはりゆっくりと筆を入れているからでしょう。速く描くと、もっときつい、鋭い筆の入りになるように思います。そして、細い線もかなりしっかりした持続する強さを持っています。これも速く描いては出せない線です。
以前、書家が行書や草書を書くのを見ていて、想像以上にゆっくり書きながら、最後に出来上がったものはスピード感ある書だったのが、とても印象に残りました。スピード感は、あくまで表現であり、実際の筆のスピードではなかったのです。鳥獣戯画も、おそらくはそのようにして描かれたのではないでしょうか。筆者は、動物一匹ずつの形や雰囲気を、じっくり味わうようにして描いたのではないかと思います。そこにこの絵巻の動物達の、800年後までも親しまれる実感あふれる楽しさが生まれたのではないかと思われました。」

 懸腕直筆でひたすらゆっくりと確かな線をさまざまな太さでたてよこに描けるよう練習しました。この時、筆の穂がしっかりと画面についている、という感覚が大切です。といって押さえつけてしまうと腕が硬くなり、自由がきかず、線も平板になってしまいます。筆が紙の上で上滑りせず、墨がしっかりと紙に乗っていく(あるいは染み込んでいく)感じを、微妙な抵抗感として手に感じながら線を引きます。極細の線を描くときも、筆先をしっかり画面につけてゆっくり引く、という点は基本的に変わりません。細い線は筆先で手早くサッと描く方がうまくいきそうに思えるのですが、そうすると線の力がなくなり、墨色も冴えません。力のある線を引こうと思ったら、どんなに細い線であっても、あくまでも筆をしっかりと紙につけてゆっくり引く、が基本です。
 土佐光起が17世紀に著した「本朝画法大伝」の中では、「画に精神が入る、というのは皆指骨の力にあり、それ故に骨力という。堅からず弱からず、指先にていかにも軽く、いかにも強く挟んでいる心持ちをよしとする。堅く持つときは筆が働かず滞り、弱く持つときは勢いがない。」「言語、文字で述べるものではなく、これを手に得て、これを心に応ずるものである。」(金開堂による現代語訳)と書かれています。
 また古来、用筆の三病として板・刻・結ということが言われます。線が立体感をなくして平板になったり、硬く角張ったり、委縮して伸びやかさを失ったりしてはいけない、ということのようです。

 紙と筆が触れ合うかすかな音を聞きながら描く、と誰かから聞いたのですが、実際そのようにすると気持ちが筆に集中し、落ち着いて描くことができました。
 紙と筆の触れ合う感触や抵抗感を掌に感じ取りながら描いていると、筆をどの程度紙につけるか、墨の含ませ具合はどれくらいが適当か、すべてこの感触で調整できるようになっていきます。筆が自分の感覚器官の最先端となって、紙の表面の感触を繊細に感じ取り、確認しながら描いているかのようです。
 この気持ちよさを覚えると、毛筆から離れられなくなりました。朝目が覚めると、まず筆で線を引きたくなるほどです。他人の作品を見ていても、描いた時の筆の感触を想像するようになりました。
 当然鳥獣戯画についても、描いた時の感触を様々に想像しました。

 
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