トップ〇宮芳平
宮芳平

もう十年以上前の学生時代(1998年)、長野県を旅していたときに、たまたま同じ宿に泊まっていた人から、豊科近代美術館(現在、安曇野市豊科近代美術館)に高田博厚の作品があると聞き、翌日か翌々日、早速その美術館を訪ねました。
高田博厚は、フランスの文学者ロマン・ロランと親交があり、ロマン・ロランにその作品を賞賛された彫刻家でした。当時ロランの小説を読んでいた私は、とても興味があったのです。

豊科近代美術館は、明るく落着いた気持ちのいい美術館でした。一階には高田博厚の作品が展示されていて、ロマン・ロランの肖像など流石に立派でしたが、二階全体は宮芳平というあまり名の知られていない画家の展示になっていました。私はこの日初めてこの画家を知り、作品を見たのですが、最初の一枚、二十歳ごろの小さな自画像からすっかり惹きつけられてしまい、晩年に至るまでの油彩とデッサンを、一枚一枚じっくりと時間をかけて見ました。
どの作品からも画家の気持ちの純粋さと、素朴な真実味、豊かな感受性が溢れるように感じられ、見終わったときには、この宮芳平という画家の絵がとても好きになっていたのです。
また、絵の展示の間に、所々「AYUMI」というこの画家の手書きの自伝のコピーが掲示されていたのですが、この自伝の文章が、絵と同じような素朴な文章で、絵と合わせて深く心に残るものでした。私は一部をその場で書き写したのですが、その時に買った宮芳平デッサン集の間にはさんで、今も大切に持っています。

1893(明治26)年、新潟県に生まれた宮芳平は、上京して東京美術学校に入るも中退し、中村彝に賞賛されますが、やがて諏訪の女学校で講師となり、無名のまま1971(昭和46)年に78歳で亡くなっています。
学生時代には、文展の審査主任だった森鴎外を、自分の作品の落選のわけを聞くために訪ねたことから一時期鴎外との親交が生まれ、鴎外の短い小説「天寵」の中に、画学生M君という主人公として登場しています。私は長野から帰ってから天寵を読み、この小説の中で語られている鴎外と宮の素朴な邂逅の物語により、ますます強くこの画家への興味を掻き立てられました。

豊科の美術館で宮の作品と出会ってからもう十年以上になりますが、宮のデッサン集を一度も開かない年はなく、まれに書き写した自伝の一部を読み返してみることもありました。しかし、それ以外に宮の作品に触れる機会は全くありませんでした。この十年、どこの美術館へ行っても、どの美術雑誌を開いても、宮の名前、宮の作品を見かけることは全くなかったのです。
またあの豊科近代美術館へ行く以外に、宮の作品を見ることも、自伝のわずかに書き写した以外の部分を読むこともないだろうと思っていました。
ところが昨年の春、引っ越したばかりの新潟で、書店の店頭に出版されたばかりの宮芳平の自伝を見つけて驚きました。まさか宮の自伝がまとまって出版され、しかも書店の店頭に何冊も積まれるなどということがあるとは想像もしなかったからです。表紙は、豊科の美術館で初めて出会った、あの宮芳平20歳の時の自画像でした。十年ぶりに宮の自画像に再会した私は、あの時と同じ感銘を受け、同時に強い懐かしさを感じ、早速この本を買いました。
一月前に新潟県に引っ越したばかりだった私は、この本によって宮の出身地も新潟県だったことを知り、長年一冊の素描集によって慕ってきたこの画家とどこかに縁があるのだろうかと、ふしぎな思いがしました。
十年前にわずかに書き写した宮の自伝、AYUMIの残りのほぼ全てをこの本によって読むことが出来ました。自伝の内容は宮自身も書いているとおり苦しく悲しい話の多いものでしたが、同時に、宮の絵を見て受けた印象、純粋で、素朴で、溢れるように澄んだ感性をそのまま文章に写したようなものでもあり、改めて深い印象を受けました。

私は玉を抱いている 私はそれをみがきたい 私はそれをみがくために乞食になってもいい

この本によって、宮芳平に関する本が、教え子などの手によって何冊か出ていることを知りました。また、テレビで特集されたことも知りました。
今年は宮芳平没後四十年の年にあたり、練馬区立美術館で作品が展示されるようです。
とても懐かしいものと、不思議な再開を果たしたような気がしています。
2011年1月

「宮芳平自伝 森鴎外に愛された画学生M君の生涯」 宮芳平著、堀切正人注・編 求龍堂2010年
「宮芳平デッサン集」 野の花の会1993年
「音信の代わりに友に送る AYUMI」宮芳平著、野の花の会1987年

○【特集展示】 没後40年-路傍の聖者-宮芳平展 練馬区立美術館 平成23年1月4日(火曜)から2月15日(火曜)

追記
大がかりな宮芳平の巡回展が催され、宮芳平の作品を改めて見ることができました。
NHKの日曜美術館でも取り上げられ、長年ひそかに愛好してきたものとしては、彼の絵がこんなに取り上げられていることに、驚きと喜びを感じています。
日曜美術館・宮芳平

「野の花として生くる。―宮芳平画文集」求龍堂

2014年8月