トップ◆ポルトガル紀行 7月21日
7月21日(火)  ポルト 

 夜通し、明け方まで外の広場で学生が騒いでいてうるさかった。宿の朝食は、中庭に面した部屋のテラスだった。草木の茂る感じの良い中庭で、鮮やかなバラが咲いている。庭を取り囲む周りの家の裏側は、表の立派な作りとは違ってなんの飾り気もなく、生活感が感じられて面白い。中国に住んでいたことのある妻は、建物の感じが中国みたいだ、と言っている。このざっくりとした素っ気なさが大陸的な感じなのだろうか。隣の席では、ドイツ人の夫婦がなにか話している。パンをたくさん食べる。
ポルトガル7.22宿の庭宿の中庭

 宿の隣には、カルロス・アルベルト広場に面して18世紀の貴族の館があり、まずこの隣の館から見学する。内装に使われているアズレージョは、澄んだ青の線で幾何学模様が描かれた質の良いもので、つやと透明感が際立っていた。
 東京の白須さんのタイル画ワークショップで印象的だったのは、コバルトの顔料が、焼く前は地味な灰色だったことだ。白地に灰色で絵付けしていると墨絵でも描いているような感じがしたが、焼きあがると鮮やかな、少し紫がかった美しい青に変わっていた。この館のアズレージョを描いた職人も、鮮やかな仕上がりを想像しながら灰色の線を引いたのだろう。妻と、いっぱしのアズレージョ評論家を気取って見て歩く。
 一階で美術学生の作品展が開かれていたので、ポルトの美術大学についてこの館の案内の女性に尋ねてみると、とても親切な対応で、ポルトの芸術大学のリストを作っておくから、今日は無理だけど明日の朝取りに来なさい、と物静かに請合ってくれる。

ポルトガル7.21ボリャオン市場ボリャオン市場
 次に、妻が是非見たいと言っていたボリャオン市場へ行く。市場は、全体が吹き抜けになっている二階建ての大きな建物にたくさんの店が並び、肉や魚、野菜、パンや菓子、香辛料といった食料品から生活雑貨まで、この街で消費されるあらゆるものを売っている。市場を見ていると、ポルトの人たちの生活のエネルギーが力強く伝わってくるようで、とても楽しい。昨日食べ切れなかったあの豚やタコ、付け合せのほうれん草やジャガイモも、この市場から来たのだろうかと想像をめぐらせながら、二階から一階へと店をひとつずつ見て歩く。
 
 八百屋の店頭に溢れる野菜はどれも大きく色鮮やかで、見たことのない野菜もある。たくさんある八百屋の中から一軒を選び、特に印象的だったトマトをスケッチさせてもらう。赤、オレンジ、ピンク、黄、大きなのから小さいのまで、色も形も日本では見たことがないような、見事なトマトがカゴの中に並んでいる。スケッチしていると、立派な体格の八百屋のおばさんが、僕の描いているカゴに何故か次々とトマトを追加してくる。そのたびに構図が変わっていくのでちょっと困ったが、おばさんの表情を見ると、どうやらこれはサービスらしい。隙間なくトマトを並べて、見栄えよくしようとしてくれているようだ。とても親切なおばさんで、スケッチ用に椅子を出してくれ、昼近くになって他の店が片付け始めても、僕のスケッチが終わるまでは店を閉めずに、気長に待っていてくれた。描き終わった後、別の場所でスケッチしていた妻と一緒におばさんと写真を撮り、トマトを買う。
ポルトガル7.21市場のトマト市場のトマト

 昼食をどこにするか、かなり迷って歩き回った挙句、安めの大衆的な店を選んで入ってみる。僕はラム肉、妻は揚げたバカリャウ(干したタラ、ポルトガルではよく食べられている)を注文。ここでも昨晩のように、付けあわせと共に大量に出てきて、死にそうになった。またもや食べきれないほどの量だ。妻が「みんな結構食べ切ってるよ」と言うので周りを見回してみると、確かに女性でも結構な量をしっかり食べ切っている。ポルトガル人が日本に来たら、どこで食べても間違いなく物足りないだろう。ラム肉とバカリャウでそうとう満腹になったにもかかわらず、食後に無性に甘いものが食べたくなって、ケーキを注文した。ケーキは美味しかったが、かなり甘く、そして皿を横断するように大きく、この無謀なデザートが最後の一撃となって僕の胃は完全にノックアウトされた。
 ただ、ヴィーニョ・ヴェルデはこちらの乾燥した気候にぴったり合った微発泡の軽いワインで、救いのようにとてもおいしかった。

 食後は、川をはさんだ対岸の地域、ヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアへ電車で渡る。川の対岸に来ると、ドウロ川沿いに古い建物の建ち並ぶポルトの街の全体を眺め渡すことが出来、天気もよく、とても気持ちがいい。高台に立って川沿いに左手を見ていると、大西洋かと思われる水平線が、遠い空に霞むように、かすかに見える。
 石畳の上で生活しているせいか、毛並みの荒いポルトガルの猫を、妻が写真に撮っている。
ポルトガル7.21猫ポルトの猫  ポルトガル7.21食べる猫えさ食べる猫


 ドウロ川のこちら側、ヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアには、この地の名産、ポートワインの蔵がいくつもある。その中の一つで、17世紀からの歴史のある、サンデマンのワイン蔵の英語見学ツアーに参加してみる。
 蔵というよりは、洞窟と言った方がいい。網の目のように広がった薄暗い地下空間には、巨大な樽がはるか遠くまで、見渡す限り並んでいる。人が何十人でも入りそうな大きさの樽もあり、100年前のラベルが貼られた化石のような瓶もある。なぜかこの地下に、魚の泳ぐ小さな池まであった。壁の隙間には、どこに続くのかわからない、明らかに樽は通ることの出来ないような、狭く暗い秘密の通路のような道もある。一人で迷う事を考えたら背筋の寒くなるような、ミステリー映画の舞台にぴったりといった感じのワイン蔵だ。ツアーに遅れないよう気をつける。
 壁には、過去のドウロ川の大洪水のときの水位を記録した目盛と年が書かれていた。洪水でも水は樽の中には染み込まず、樽が回転するとワインが適度に攪拌されて良い、ということだったが、果たして本当なのか…?
 サンデマンのマークと同じ、黒いマントに帽子の女性が案内してくれ、最後にあなたたちの目当てはこれでしょう、とばかりに赤と白のポートワインの試飲が待っていた。どこの国でも、蔵元見学の締めは試飲と決まっているようだ。まず、並んだグラスの中の赤と黄色の深い美しさに驚く。まるでガーネットと琥珀を液体にしたのかと思うような色合い。簡単にスケッチしている間に、妻が一足先に飲んで、味も香りもすごいよ、とスケッチしている場合じゃないみたいに言い始めたが、本当にこれはすごかった。香りも味も、まさにドライフルーツのようで濃厚。ポートワインに関しては何の知識もなく、特別期待して来たわけでもなかっただけに、衝撃的なおいしさだった。テーブルの向かいの若いイギリス人も、余ったグラスまで集めてきて大喜びで飲んでいる。しかも安い。
ポルトガル7.21ポートワインポートワイン

 昼食の量にアルコールが追い討ちをかけ、ぐったりとなり、バスで橋を渡って戻る。
宿へ戻る途中、昨日から入ってみたいと思っていた書店、レロ&イルマンに立寄ってみる。全体にゴシックとアールヌーボー調の合わさったような彫刻が施された、木造の凝った内装の書店。時代錯誤と言ってもいいような店内だ。並んでいる本が、内装と一体となって美しく見える。店の真ん中が吹き抜けになっていて、やはり隙間なく彫刻の施された木の螺旋階段が八の字にカーブして二階へ続き、ステンドグラスの天井からはガラスのランプが下がっている。こんな風に時を忘れるような本屋が家の近所にあったら、毎日でも通ってしまうだろう。

 日が暮れても、昼の満腹感と一日歩いた疲れで全く食欲がわかない。それでもなにか食べなければと、胃に優しそうなものを探して、宿のそばのカフェで野菜のサンドイッチと紅茶の夕食にする。アールグレーが体にしみるようで美味しく、ほっとする。この国の食堂の選び方、注文の分量が、三日目にしてまだつかめない。
 店の選択が間違っているのか、注文の仕方を間違っているのか、それとも自分たちが慣れるしかないのか…?
帰国してから知ったことだが、天正少年使節団も食事では苦労したらしい。
  
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