FC2ブログ
トップ◆序章
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
トップ◆序章
ポルトガル紀行
2009年7月19日~31日 ポルトガル旅行記

序章
 そもそもの始まりは、2009年6月の終わりごろ、妻と夕食を食べているときに突然、この夏にポルトガルへ行こうという話になった、ということだった。
 ポルトガルについて知っていることといえば、ヨーロッパの西の端、スペインの隣、16世紀の大航海時代に、はるばる日本へやってきた国、あえて付け加えれば、マドレデウスというポルトガルのミュージシャンのグループ、といった程度だった。同じ南欧でも、イタリアやスペインならば、有名な画家たちも、世界に知られた美術館も思い浮かぶし、イタリアへは学生時代に一度行っている。しかし果たしてポルトガルに何があるかというと、まったくまっ白といっていいほど、何も思い浮かばなかった。スペインへ行ったという友達はけっこういても、ポルトガルに行ったという人は、身の回りに誰もいない。ただ何故か、とても良さそうな国、という印象があったが、その印象すらどこから来たのか自分でも分からない。妻は長年(この二、三年)の夢、と言い張っているが、だからと言って、ポルトガルについて特になにか知っているわけでもなかった。そんなよく知らない遠い国へのんびり行ってみるのも面白そうだ、というような単純極まりないことだったと思う。
 今からしてみれば、動機などどうでもいいことだし、「その国へ行く動機」などというはっきりしたものを求めていたら、そもそもポルトガルへ行く、という考え自体が出てこなかっただろう。あえて言えば、自分たちにとって、まっ白な土地、ということ自体が動機だったとも言える。妻の、「損はさせない」というどこから出てきたのか分からない自信に満ちた一言が強い後押しとなって、急遽その日から日程を調整し、3週間の準備期間で、慌しくパスポート、航空券、宿の手配、ポルトガル語の初歩の学習、そしてポルトガル情報の収集などをすませ、二週間のポルトガル旅行に旅立った。
ポルトガル7.20電車のおじさん 7/20 リスボン-ポルトの特急で
   
旅程は以下の通り

7/19 東京-ミュンヘン-リスボン
 20 リスボン-ポルト
 21-22 ポルト  
 23 ポルト-コインブラ
 24 コインブラ-リスボン
 25 リスボン
 26 リスボン-セトゥーバル
 27 セトゥーバル-リスボン
 28-29 リスボン
 30-31 リスボン-フランクフルト-東京


 ポルトガルについて全く知らない、と書いたが、日本語にはたくさんのポルトガル語が入っているので、ポルトガル語を全く知らない日本人はいない。タバコ、ボタン、ベランダ、カッパなど、みなポルトガル語だということだ。
 旅行の二週間前にポルトガル語のテキストを買ってきて、かなり気合を入れて、ごく初歩の勉強を始めた。
 ところが、妻が旅行二日前になって買ってきた「地球の歩き方 トラベル会話 ポルトガル語&ブラジル語+英語」を見て、愕然とした。そこには、ポルトガル本国のポルトガル語と、ブラジル・ポルトガル語が併記されており、自分の学習しているのが、南米ブラジルで使われているブラジル・ポルトガル語であり、ヨーロッパのポルトガル本国で話されているポルトガル語とは、発音も文法もけっこう違う、ということが分かったのだ。テキストの文章が、ブラジルばかり舞台になっているので気にはなっていたのだが…。そうは言っても、全く知らないよりはましだ。付け焼刃の上に間違っていた僕のポルトガル語も、旅行中はそれなりに役に立った。
 ちなみに、当然と言えば当然だが、世界ではブラジル・ポルトガル語を話している人口のほうが圧倒的に多い。そして、日本の書店で見かける辞書もテキストも、ブラジル・ポルトガル語がほとんどだ。
 
 ポルトガルに関しては、日本との交流の歴史が古い割には情報が少なく、日葡協会からいろいろ参考になる情報をいただいた。
また、写真家の奥村森さんと、日葡協会から紹介していただいた、武蔵美の先輩でもある版画・タイルの作家、白須純さんからうかがったお話が、とても参考になった。
 奥村さんは、1993年にポルトガル各地を一ヶ月ほど取材旅行で回り、ポルトガルの写真を撮られている。
白須さんは、ポルトガルでタイル画(アズレージョ、後述)を制作されていて、ポルトガルのリスボン近郊、パルメラ駅のホームは、2007年に白須さんの制作した素晴らしいタイルの壁画で飾られている。現在は東京でタイルのワークショップを開いている。僕は、旅行の一週間前にワークショップに参加し、タイルに絵付けをして焼いていただいたが、大変面白かった。
 また、ポルトガルに関して読んだ本では、司馬遼太郎の「街道を行く」シリーズの中の、「南蛮のみち」(朝日文芸文庫)がとても面白く、参考にもなった。
ポルトガル7.20ポルトの川岸 7/21 ポルト、川岸で ポルトガル7.23海7/23 コインブラへ、車窓から


アズレージョ(タイル)について
アズレージョとは、ポルトガル語でタイルのことである。ポルトガルでは、教会、宮殿から駅、個人宅、通りの壁まで、あらゆる建築物の外壁、内装などにたくさんアズレージョが使われている。街を歩いていると、古いものから現代のものまで、いろいろな時代のアズレージョを見かけることが出来る。アズレージョの歴史についてはいろいろな人が書いているが、アラブ人がスペインへ伝え、ポルトガルにはスペインから15~6世紀ごろに入ってきたらしい。
アズレージョに使われる色は様々だが、青と黄は、古いものから新しいものにまで、多く見かけた。特に中国や日本の染付磁器のような、白地にコバルトの青一色で絵付けされたものがたくさんあり、遠い異国で東洋に出会ったような、不思議な感覚があった。絵柄は身近な動植物や人物から、歴史画、神話・宗教画、幾何学模様まで様々である。この旅行記では、アズレージョという言葉がたくさん出て来ることになるので、一応解説まで。
アズレージョの写真はこちら">アズレージョの写真はこちら

7月19日へ"> 7月19日へ
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。