FC2ブログ
トップ〇模写と静けさ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
トップ〇模写と静けさ
模写と静けさ

 筆記用具にはそれぞれの音がある。毛筆は紙と触れ合う時、サラサラと気持ちのいい音がする。筆で線を引くときには、この筆と紙のこすれ合う音を聴きながら描くといい、と教えてくれた人がいた。とても小さな音だが、筆先に耳を近づけるとはっきりと聞こえる。たしかにこの音を聴く気持ちで線を引くと、自然と筆先に気持ちが集中し、気が散らず、落ち着いて線を引くことが出来る。
 鉛筆はもう少し硬い音、シャーペンはカリカリという感じで、鉛筆よりも神経質な音に感じる。
 コンピュータのキーボードを叩く音は、聞いていてあまり落ち着かない音だ。書くのではなく叩いているせいか、叩いている本人はともかく、端で聞いていると無機質でイライラさせられる音だ。毛筆の音の控えめな心地よさには遠く及ばない。

 レコードのプロデューサーとしてドイツで仕事をしていた方から、オーケストラの音量は、そのオーケストラのある街の騒音に比例している、という話を聞いたことがある。ニューヨークのような大都市のオーケストラは音量も大きく、静かな小さい町のオーケストラの音量は全体に小さめだったという。
 身の周りの音の環境は、普段意識せずに聞き流しているような音でも、思いのほか人に大きな影響を与えているのだろう。

 私自身は十年ほど前、鳥獣戯画の模写に取り組んでいた時に、音の環境というものを強く意識させられた。とても静かな環境が欲しくなるのだ。
 鳥獣戯画のような、少ない線を一本ずつ丁寧に決めていかなければならない絵は、そもそも特別な集中力を要求するし、それには気の散らない静かな環境の方がもちろん良い。しかし、そういった技術的な問題だけではなく、なにか絵自体が静かで落ち着いた環境を要求しているのだ。
 日本画教室などでいろいろな人に鳥獣戯画の模写を教える機会がある。その経験から言えることは、多くの人が同じように、この絵の模写を描くには落ち着いた静かな環境が必要だ、と感じるようだということだ。
 模写の過程としては、初めは筆の持ち方やしっかりしたまっすぐな線の引き方から始め、動物や草木一つずつを描く練習と続き、立体感や関節を描き表すための線の引き方、切り方を学ぶ。そして最後に、選んだ場面全体を描く本番の模写に入る。墨を磨って、横に置いた手本を見ながら集中して描いてゆく。
 この本番の模写の段階になると、他の人たちがいる教室ではなく、自宅で一人で描く、という方を選ぶ方が圧倒的に多い。そしてさらに、家族が出かけて一人になったときや、家族が寝て静かになった時間に描いた、とか、とりあえず家事や用事をいったん全て後回しにして、午前中の時間を空けて描いた、といった声をよく聞く。また、食事をすると線の感じが変わってしまうため、朝早くから始めて、昼間までたっぷり時間を取って描いた、という方もあったし、ラジオの音も気になって消した、という方もあった。

 こうした静かに落ち着いてまとまった時間というのは、鳥獣戯画という作品が模写する人間に要求してくるものなのだ。そして、この絵が要求する静かな時間というのは、この絵が描かれた平安時代の、現代よりはるかに騒音の少なかった音の環境なのではないだろうか、という気がしてくる。
 模写にはさまざまな意味があるが、その作品が描かれた時代の静けさまでも描き手の内に蘇らせてくる、という経験は、正に模写ならではの経験といえるだろう。遠い時代に失われてしまった静かな環境や時の流れのかすかな片鱗でしかないのかもしれないが、その片鱗にでも触れられる、ということは、実際に筆を執って模写した人だけが味わえる醍醐味なのだ。古い時代が、その時の新鮮さを持って感じられてくる。

 十年前の鳥獣戯画の模写を思い出すとき、筆の使い方に悪戦苦闘しながら練習したり、博術館へ通って実物を観察したことよりも、最後の本番を描くときに感じた静かな時の流れが一番印象深い。
 鳥獣戯画の模写を通して学んだ筆の技術はその後の私の制作においてとても貴重なものになっているが、しかしそれ以上に貴重だったのは、体の記憶のようにして残っている、この静かな時間の経験だったのかもしれない。筆の技術のように目には見えないが、より深いところで、筆を執るときの気持ちに大きく影響している気がする。
2018年2月

鳥獣戯画の模写について、詳しくは下記の記事も参照してください。
模写を始めるにあたって
鳥獣戯画の模写を終えて

前のコラムへ
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。