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トップ〇日本画とドローイング
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トップ〇日本画とドローイング
 いろいろな画家の素描を見るのは楽しい。
 素描という言葉にもいろいろな意味があるが、一般的には、
・本画―作品として描かれた絵
・素描―本画制作の前段階としてのスケッチや下図類
という考え方があると思う。
 本画は、やはり人に見られるものとしてしっかりと描かれるものが多く、完成度などは本画の方があるとは思うが、素描には、本画では見られないような、より自由な表現や、直接的な気持ちが現れていたりしていて、違った楽しみがある。さまざまな素描集が出版されているので、見ることも多い。

 二十年くらい前の学生時代、欧米で出版された大型の素描集を見ていて、とても驚いたことがある。中国の水墨の山水画が掲載されていたのだ。北宋時代の、緻密に描き込まれた立派な山水画もある。
 西洋の画家たちの素描はどれもスケッチや下図などだったが、これら中国の山水画は入念に描かれた本画に相当するもので、素描として分類されるものではないはずだ。西洋の、油絵の具やテンペラ絵の具などの強い物質感のある絵の具に比べ、墨のさらっとした感じが本格的な絵画に見えないのだろうか?それとも、塗りつぶさずに余白を取った絵が本画としては不足な点なのだろうか?なにか不思議な違和感を覚えた。
 東洋の絵は西洋の基準に照らしてみると本格的な絵画とは言えない、と言われているような気がしたのだ。

  ところが、数年前に何となく納得がいく気がした。
 素描と云うのは、英語でdrawingになる。drawという単語は、「引く、線を引く」という意味であり、drawingは線描を主とした絵を指す。そして伝統的な西洋絵画では、線描を主とした絵はスケッチや下図であり、作品としてきちんと鑑賞するように描かれる本画(タブロー)は面として絵の具を塗り重ねて描かれるpaintingであって、線描主体のdrawingではなかった。
 一方、伝統的な中国や日本の絵画には、線描を洗練させていったものこそが絵であるという考え方がある。絵というものはどこまでも線描の延長線上にある。例えば、日本の琳派の絵などには面として塗っているような絵もあるが、あれも線が広がったり集まったりした結果であり、最初から面として塗りつぶす、という意識で描かれてはいない。光琳の紅白梅図屏風に描かれた梅の木の幹を見ていると、線が集合して面のようになっている感じがよくわかる。
 西洋のように面や陰影といった描き方をしない中国や日本では、線描の中に立体の表現も含まれており、最初から塗りつぶすような描き方をしてしまうと立体感がつぶれてしまうのだ。「塗る」という描き方は、わざわざ塗りつぶして意図的に色面を見せるような、極端に装飾的な表現以外ではほとんど使われない。
 つまり、中国や日本では絵というものはどれも基本的にdrawingであって、西洋でいう絵画、タブローに相当するような絵ではなかった、ともいえる。そもそも、絵画というものの考え方が違うのだ。
 そう考えると、欧米の素描集に水墨山水が掲載されていたのもわかる気がしてきた。

 では、この毛筆の線描にものを言わせる絵はどこから来たかというと、富岡鉄斎によれば、中国の宋代から、ということになる。 
 中国でもそれ以前の上古の絵は、描かれたものが生きているように見せるため、形や色を実物に似せる写実に主眼が置かれていた。ところが、宋代くらいになると、この写実が行き着くところまで行ってかえって不自由になってしまい、それに対して動きのある水墨画が生まれてきた。この水墨も、時代が下ると簡略に、一気に描けるという方向で安易に流れるようになってしまい、手間のかかる上古の写実的な画法は衰退してしまった、と鉄斎は言う。
 岡倉天心は、宋代の美術は唐代の豊かな完成の裏をいくもの、東洋の粋であり、「唐代は以ってギリシャ・イタリーと対立し得べきも、宋式は西洋思潮とは相通ずるもの無き美術」「もっとも小なるものにもっとも大なるものを含蓄せしめんとする精神」と書いている。そして、この宋式が日本でも平安後期に入ってきてから幕末、明治まで日本の絵画を支配した、ということになる。
 つまり、中国の絵画と一口に言っても、毛筆による線描の意味や役割が大きく広がっていったのは、この宋代からであるということだ。

 しかし西洋では、19世紀になると浮世絵に影響を受けたモネやゴッホの絵には表現力のある線描が取り入れられていて、drawing的な油絵といえると思うし、そこに彼らの絵の魅力の一端もある。
 日本画の世界でも、近代以降は西洋の油絵に影響を受けて、もっぱら塗ることによる色彩表現に力点を置いた絵や、西洋の写実を学んだ絵も出てくる。戦後の日本画は、西洋式のタブローを目指したといえる部分もあったと思う。
 評論家の河北倫明は、西洋の油絵に刺激された明治以降の日本画を、平安後期以降支配的であった宋式美術の弱点を補うことに向かっていったもので、宋式以前のやり方を含む仏画や大和絵の復活が企てられたのも、この同じ方向によるもの、と解釈していて、この二つの流れを手にし、その間で揺れている、という考え方は面白いと思わされた。

 ドローイングとタブロー、東洋と西洋、上古の様式と宋代以降の様式…。
 学生時代の素描集への疑問は、こうした絵画の大きな流れに行きついた。

 学生時代からの私の絵は、筆の動きを生かしたいと思いつつも、どちらかというと写生をもとにし、塗りつぶしていく表現が多かったが、最近は写生から少し離れ、線描を取り入れたドローイング的な表現の方により惹かれるようになってきた。その時の自分が揺れ動きつつ直接的に表れる感じが好きなのだ。


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