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宗達と日本画の線

 日本画は線が命、といわれるが、実際昔の日本絵画を見ていると、毛筆の線の美しさ、上手さに引き込まれる。線自体がその画家の個性を端的に表しているかのようだ。
 たとえば、宗達の線はゆったりと大らかな柔らかさがあるが、同時にとても強い。淡い色でさらっと描いても、描かれたものの存在感までが淡くかすんでしまうことがない。これは、線にそれだけの強さがないとできないことだ。例えば鳥の絵なら、鳥の肉付き、足にかかる体の重みとそれを支える力、くちばしの硬さ、そして鳥の生き生きとした雰囲気、そうしたものがごく淡い線だけでも、十分に感じられる。だからこそ淡い色も駆使して宗達独特のあの夢見るような美しさを出すことが出来る。淡い線を引いて存在感までも淡くなってしまうようだと、淡い色を使いこなすことはできない。
 宗達は、消えてしまいそうなほどの淡い線にも重みをもたせることのできた画家だ。
 
 しかし、私が大学で日本画を学んだ頃には、すでにそうした毛筆の線を学ぶ場がなかった。大学に入る前に学生が身につけてくるデッサンも、だいたいみな西洋式の陰影で描くデッサンだったし、そうしたデッサンをもとに作品制作していく、というのが一般的だった。中国から来ていた研究生が、日本画一年生の授業を見学して、「なぜみな陰影をつけて写生しているのか?」と尋ねたのが忘れられない。そして、日本の学生の毛筆の扱い方、模写の仕方に批判的だった。
 
 面の向いている方向によって変わる光の当たり方の違いを、陰影によって表し、物の立体感を出すのが西洋式だ。そうやって描くのももちろん一つの方法ではあるが、日本では陰影をつけず、毛筆の線を基本にして物をとらえてきた。
 日本画学科に在籍しながら、写生の方法は中途半端な西洋式しか持っていない自分を、そのとき強く感じた。写生は、制作全体の下地となって絵の方向を左右する。その写生の方法が西洋のアカデミックな方法しかない、というところから抜け出したい、と思った。
 これは、ただ陰影をつけるのをやめれば解決する、という単純な話でもない。陰影を付けず、例えば色や線だけで描いても、どうしてもその根底には西洋式の面の方向と、光と影をもとにした捉え方は残る。
 以前、出雲崎で、美術大学の大学院の、日本画の学生たち十人くらいの写生を並べて展示しているのを見たとき、全員同じような風景スケッチを描いていたのにショックを受けた。一緒に見ていた母が、「全部同じ人のスケッチかと思ったわ」と言っていたが、表面的にはちょっとずつ描き方は違っても、基本はみな律儀なほど大学に入る前に学んだアカデミックな西洋式のデッサンの方法論そのままで描いていたのだ。それほど西洋式のデッサンは日本画の世界に深く根付いている、ということだろう。そして、毛筆の技術は忘れられてゆく…。

 明治時代、岡倉天心がアメリカへ行ったとき、「日本の画家はどうして陰影をつけないで描くのか?」と尋ねられて、「どうしてあなたたちは陰影をつけるのか?」と逆に尋ね返したという。
 また、中国では(清時代の話だったと思う)、西洋の画家に描かせた肖像画を見た皇后が、どうして顔の半分を黒くするのか?と尋ねたという。
 陰影で立体感を表すという方法は、西洋では古代ローマ時代の壁画にもみられるが、東洋では一般的ではなかった。東洋絵画は、物の立体感や質感、動きまでも毛筆の線で表現する方向へ進んだのだ。

 日本画家の福田豊四郎は、「日本画の線の表現の秘密を知るためには、毛筆がどんなに重要な役割を果たしているかを知らなければなりません。いや日本画の技法上のすべての基本が毛筆にあるといってもいいくらいのものです。」と書いている(「日本画の技法」1953年・美術出版社)。
 やはり日本画を学ぶ以上、毛筆の基礎を学びたい、毛筆を主体とする写生をしたい、と思っていた。それは、大学を出た後に、もう一度鳥獣戯画の模写をするというところへ行きついた。鳥獣戯画の模写に関しては以前詳しく書いたが、大学で学んだ「上げ写し」という(薄い和紙を手本に重ねて巻き上げ、巻きおろしを繰り返しながら写す)方法ではなく、横に手本を置いて見て写す、「臨写」という方法で描くことが重要であった(個人的には、大学でも上げ写しではなく、臨写をまず教えるべきだと感じている)。
 鳥獣戯画を臨写することで、毛筆の線で描くときの基本的に重要なポイントをひと通り知ることが出来た。
しかしこの模写のあと、本当に模写の成果が生きて自分の制作に活かされるようになってきた、と感じられたのはここ数年の事、模写をしてから五年以上経ってからだ。
  学生の頃に学んだ西洋式のデッサンと、鳥獣戯画の模写から学んだ毛筆による表現、今の自分はこの二つを足場にして自分の写生を描いている。毛筆の写生は、もちろん毛筆を使わないと学べないが、いったん身についてしまうと鉛筆やペンで描いても生かされる。面を基本とする捉え方ではなく、線を基本とする捉え方になるのだ。

 美術評論家の河北倫明氏は、日本画の線について、「大切なのは線の外側の形でなくて、シンを流れる息の修練である。そこに伝統の核心があったのである。」(「日本の美術―その伝統と現代」・ぺりかん社)と書いていた。これは慧眼だと思う。筆をコントロールするのは、腕だけではなく全身のバランスであり、体全体をコントロールするのは、呼吸だからだ。線のシンを流れる息の修練というのは、本質をついた大切な指摘であると思う。
 西洋のデッサンの基礎は、ルネサンスの時代に確立された理知的な論理だが、日本の線描の基礎は、息の修練といったような、感覚を身に付けるための肉体的な訓練による部分が大きい。近代の合理的な思想が、そうした修練を避け、論理的に学びうるもののほうへ傾いて行ったのは時代の必然であったのかもしれない。しかしそこで失ったものは、まさに日本画の精髄ともいえる部分だったのではないか。

 宗達の絵の素晴らしさは、構図と絵柄の面白さや、鮮やかな色彩の組合せの美しさだけにあるのではない。淡い色を生かすうまさが基本にある。あの強い色を並べたような風神雷神の屏風も、淡墨でふわっと描かれた雲なしには魅力が半減してしまうだろう。その淡い色を可能にしているのは、先にも書いたように毛筆の高い技術だ。淡く、柔らかく、軽やかでありながら充実した手ごたえに満ちた筆の力。
 近代の画家では、奥村土牛の晩年の絵には、淡くなっても存在感の消えない線があった。しかしその後、誰一人として宗達の高みには近づくことさえできないのではないだろうか。
 

2017年10月


鳥獣戯画の模写については、下記の記事をご覧ください。
・模写を始めるにあたって
・鳥獣戯画の模写を終えて

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