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トップ〇本朝画法大伝と絵具の混色
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トップ〇本朝画法大伝と絵具の混色

 七年前、東京から新潟県の燕市へ引っ越した際、周囲に自然が多い環境となって制作上とても良かったのだが、一つ困ったことがあった。それは、画材店まで車でかなり遠く、日本画の画材を専門に扱う店が県内にはない、ということだった。引越して二年ほどは車の免許もなかったため、画材の調達には本当に不自由した。東京か京都の日本画材店に電話して送ってもらうほかない。
 しかし、絵具を買うにはやはり実物の色を見て決めたい。絵具の色は微妙なもので、特に質感も様々な日本画の絵具は、色見本などあっても、ほとんど全くと言っていいほどあてにならないし、そもそも色見本など作っていない店が殆どだ。適当に注文しても、思ったような色が来るとは限らない。

 例えば、緑色の絵具を買うとすると、日本画の古典的な岩絵具(岩石を砕いた絵具)で緑色といえば、古来使われてきた緑青(ろくしょう・天然の孔雀石という、鮮やかな緑色の岩石を砕いて作られる)一種類である。しかしまた、近代以降作られている新岩絵具(人工の原石を砕いて作られる)になると、緑色だけでもたくさんの種類がある。さらに、岩絵具というのは、顔料の粒子の大きさが十段階ほどに分けられて番号が振られており、粒子が小さくなるほど色が明るく、白っぽく変わっていく。岩絵具を買うには、色の名前に加え、粒子の大きさを表す番号も指定しなければならない。
 また、岩絵具のほかにも、水干(すいひ)絵具という細かい粉末状の絵具があり、これにも人造の緑が何種類もある。
 こうした多種多様な絵具の中から欲しい色を選ぶのは面白いことではあるが、実物の絵具を前にすることなく、色見本もなく、記憶だけを頼りに電話で注文しようとすると、途方に暮れざるを得なかった。

 色見本2
 色見本1

 こんな状況で、緑といえば、とりあえず天然岩絵具の緑青を買う、という選択が多くなった。天然緑青は、日本画の代表的な色だから色のイメージははっきり分かっている上、焼いて色を変えることもできるという良さがある。銅を成分として含む天然緑青は、鍋で焼くことで銅を酸化させ、微妙に色みを渋く変えていくことが出来るのだ。絵具の調達に制約のある者としては、自分で色みを変えられる絵具は有り難い。
 結果として、天然の顔料を主体とする日本画の古典的な色を注文することが多くなったのだが、やはりもっと色がほしい、という思いは募る。
 こうして困っていた時、ふと記憶の端に浮かび上がってきて手に取り、むさぼり読むことになったのが「本朝画法大伝」だった。江戸時代の初期、1690年に、土佐光起によって書き残された土佐派の技法書である。この中に、絵具の混色の組み合わせ方がたくさん書かれていたのを思い出したのだ。江戸時代の色のレシピといってもいい。
 
 日本画の絵具は、一色ずつ膠液と顔料を練り合わせて溶くため、一つの色のために複数の絵具を溶かなければならない混色は手間がかかり、とても面倒だ。しかも、日本画の絵具は、油絵具や水彩絵具のような均一性がなく、混ぜにくい組み合わせが多い。そのため、今まであまり積極的には混色をしてこなかった。しかし、自由に絵具を買えなくなった今、ここに出ている混色を試してみよう、と思い立ったのだ。
 例えば、「金翅鳥色(ひわいろ)」という色の作り方としては、藤黄(黄色の染料)と藍と白緑(びゃくろく、緑青の粒子の細かいもの)を混ぜると書かれている。実際にこの組み合わせで混ぜてみると、まさにその時描いていた田んぼの絵にぴったりの緑色が出来た。出過ぎず、引っ込みすぎず、風景の中に自然とおさまる緑色ができたこの時のことは忘れられない。

藤黄  藍   緑青    ひわ色

 また、蓮の花の雄シベの先に使ってみようと思い、「合せ黄土」という朱と藤黄を組み合わせた色を試してみたところ、これもピッタリの鮮やかなオレンジ色が出来た。こんなに澄んだオレンジ色ができるとは、思いもよらなかった。
 朱     藤黄     合黄土

 どちらの色の組み合わせも、かなり質の違う絵具を混ぜ合わせるので、自分一人では思いつかない組み合わせ方だった。藤黄と藍は染料なので色水のようなものだし、白緑は鉱物を砕いた粉末、朱も粉末で、どちらも金属を含んで比重も重く、染料と混ぜても分離してきれいには混ざらない。しかし、質の違う絵具同士はきれいに溶け合わないことで逆に複雑で有機的な表情を生み出し、落ち着いて含みのある、とてもいい色になるのだ。今まで、絵具の混色と言えば、質の近い絵具どうしを溶け合うようにきれいに混ぜるほうが良いと考えていた私にとって、この新たな絵具の表情は新鮮だった。
 こうして私は、本朝画法大伝の混色の世界にはまっていくことになった。

 混色表1
 混色表2

 現代の日本画の絵具は、新岩絵具や人造の水干絵具をはじめ、選ぶのに困るほどたくさんの色が揃っている。
 しかし、本朝画法大伝の混色でできる色は、既成の絵具にはない、複雑で柔らかく、繊細な色であり、一つ一つの混色を試すごとに、新鮮な驚きと、新しい色彩世界が開かれていく期待感で満たされた。
 絵具屋の店頭で様々な色を前にして選ぶことができた時には全く気付かなかったが、絵具屋が遠くなったことで日本画の足元を見直してみれば、こんなに美しい色の世界があったのだ。目から鱗が落ちる思いであった。
 
 現代の絵具の数から比べれば、心細いほど少ない色数しかなかった古い時代に、それでもたくさんの色を使いたい、という思いから工夫され、伝えられてきたこの色のレシピは、その後の私の制作を大きく変えていった。本朝画法大伝の色の組合せだけで絵を描いてみよう、と思い、使う絵具の種類を大幅に制限したのだ。この色の世界は、この色の世界だけで完結させてみたい、と思ったのだ。
 そうしてみて感じたことは、まず、自分で選び、絞り込んだ絵具の一つ一つに、深い愛着を感じるようになった、ということである。
 そしてもう一つは、工夫して色を作る面白さに目覚めた、ということだ。これは大きかった。あらかじめ揃えられているもので間に合わせるのではなく、本朝画法大伝を参考に、必要に応じて新しい色のレシピを自分で工夫して生み出していく、という楽しみ。
 手持ちの絵具が少ないからこそ、工夫が必要になってくる。しかし、工夫の余地が多いということは、人にとって本来楽しみであるのだ、と気づかされた。この混色を始めてから、絵を描く楽しみが大きく広がっていったのだ。
 絵具に不自由したことで本朝画法大伝と出会い、色数を減らすことで逆に豊かな色彩が生まれてくる、というこの不思議さ。選択肢が広がり、便利になる、ということは、時として工夫の余地を人から奪い、人として持って生まれた力を生かすという喜びさえも奪うことになるのだろうか。
 本朝画法大伝に書かれている多彩な混色法も、これだけにとどまることなく、より多くの色彩を工夫し、生み出していくための、一つの出発点として示されているように思われた。実際これを読んでいると、創造的な意欲を掻き立てられるものであった。

 混色表3
 混色表5

 近代日本画の開拓者である狩野芳崖や菱田春草の作品を科学的に分析すると、西洋の顔料が多く使われているという。明治期の画家としては、新しく入ってきた西洋文明と共に、少しでも多く西洋の色を使ってみたい、江戸時代までの色の制約から抜け出したい、という思いは当然であったと思う。
 しかし、芳崖、春草の時代から百年以上経った今、本朝画法大伝の混色は、新たな光を放っているように思える。ここには、過去のものとして片づけてしまうには惜しい、豊かな世界があるのだ。
  本朝画法大伝の色彩世界に立って現代を見てみると、確かに選択肢は豊富になったが、どこか繊細さや複雑さに欠けた、無神経さを感じるような気さえするのだ。


 混色表4

 2017年7月

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