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トップ〇臙脂綿と臙脂色
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トップ〇臙脂綿と臙脂色
臙脂綿と臙脂色
 
 「臙脂色」というのは、他の言葉で何と表現すればよいだろう?「深紅」とするのが良いだろうか?
 十年ほど前、リスボンのグルベンキアン美術館で見た古いペルシャ絨毯の色がこれだった。猛獣狩りの柄が全面に織り出されている絨毯で、地の色が何ともいえず深く、複雑で、しかし鮮やかな赤色なのだ。明るいとも暗いともいえない色で、美術館の黒い紗を下げた大きな窓から差し込む光の加減によって、明滅するかのようであった。忘れられない。印象深い赤だ。
 グルベンキアン美術館には、古代から現代まで、各国の質の高い美術品が集められていたが、中でも絨毯のコレクションが圧巻であり、その中でもこの絨毯の赤が忘れられない。ゆったりとした展示室にいくつも敷き広げられた絨毯の中に、この赤い絨毯があったのだ。
 あの赤は、臙脂の染料で染めたのだろうか?
 グルベンキアン美術館の絨毯

 臙脂という言葉は、古くは紅花から採る赤を指したと言われる。中国の、燕の国に多く産したからこのように呼ばれた。それがいつの頃からか、ラックカイガラムシの分泌物から採る染料を指すようになった。
 ラックカイガラムシは、東南アジアやインドなどに生息する虫で、貝殻虫の仲間である。日本の貝殻虫も白い分泌物を出すが、このラックカイガラムシというのは赤黒い分泌物を出し、この塊から色素を出す。これが臙脂の染料として使われるのだ。

 この赤い液体の染料を、輸送に便利なように円盤状の綿に染み込ませ、乾燥させたものが「臙脂綿」と呼ばれ、古くから作られ、輸出されていた。紀元一世紀には、インドから地中海へ輸出された記録があるということだ。昔のLPレコードくらいの大きさで赤黒く、この綿をちぎって湯に浸すと、湯が真っ赤に染まる。
えんじー3

臙脂―1

 正倉院には、この虫の分泌物(紫鉱という)と臙脂綿の両方が納められているというから、日本でも千年以上前に中国から輸入していた、ということになる。友禅染や沖縄の紅型などの赤にもこの臙脂綿が多く使われ、絵画用にも使われた。長崎出島の輸入品記録には、一年に数万枚という記録があるということで、それほどの需要があったのだ。赤色の染料の原料としては、紅花が日本でも栽培されていたが、輸入するしかなかった臙脂綿がこれほど多く使われた、というのは、やはりこの色独特の赤の魅力に多くの人が惹き付けられた、ということでもあるだろう。
 ところが、この千年もの歴史ある臙脂綿も、化学染料に押されてか、百年ほど前に生産されなくなり、今では製法も分からなくなってしまっている。染料をただ綿に染み込ませればいい、というだけのものではないらしい。
 現在では、コチニールという中南米のサボテンにつく虫から取る染料で代用されることも多い。どちらにしろ、虫から採るのである。

 この臙脂を日本画で絵の具として使う時には、臙脂綿から抽出した赤い液を皿に移して湯煎で時間をかけて煮詰めて濃縮し、焦がさないようにしながら水分を飛ばす。乾いて皿に張り付いた色を、改めて水で溶いて使う。
えんじー2

えんじー5

濃縮させる過程を経ずに使うと、きれいな赤にはならない。使い方は面倒だが、他では得られないような色合いの赤の絵の具が出来る。
えんじー4

 この綿から出した臙脂は、そのままでも美しい色だが、混色にも用いられた。胡粉など、白の絵の具と混ぜると柔らかいピンク色になり、桜の花など描くのに、ちょうど良さそうな色になる。墨と混ぜると、渋く、赤黒い色。
臙脂1

 古典的な日本画の絵具には、単独で紫色を出す絵の具がない。混色したり、色を重ねたりして出すわけだが、ここで臙脂と青色の組み合わせが使われた。
 日本画の赤というと、他に顔料の朱があるが、やや黄色みを帯びる朱を青と組み合わせると、どうしても濁ってしまうのだ。三原色の混色が黒に近づくのと同じ原理である。
 臙脂は、どちらかというとやや青みを帯びた赤であるため、青と組み合わせて紫色を作るのには適していたのだ。
 江戸時代の土佐派の技法書、本朝画法大伝には、三種類の紫を作る方法が出ている。
 まず、臙脂と染料の藍を混ぜる「合わせ紫」。これは透明な美しい紫色が出来る。臙脂を多めにすれば赤紫、藍を多めにすれば青紫である。
 臙脂2

 ここにさらに胡粉(白)を加えたものが「藤色」。これはまさに藤の花の色。不透明で柔らかく、パステルトーンの紫色になる。
臙脂3

 もう一つが「うるみ色」。これは、臙脂を塗って乾かし、赤い地を作った上に、群青の顔料を透けるほどにうすくかける。うるみ色とは、赤黒い曖昧な色を指す言葉ということだが、青の隙間から赤が見えるという状態で、紫を感じさせる組み合わせである。秋野不矩の著書「秋野不矩 日本画を語る」(ブレーンセンター)という本では、紫色の作り方として、この方法が紹介されている。
 臙脂4

 これで紫というにはやや無理があるのだが、しかしこの組み合わせには独特の魅力がある。以前山種美術館で見た奥村土牛の朝顔の小品は、この臙脂と群青の組み合わせで花が描かれていて、とても深みのあるいい色だった。
 また、先に書いた臙脂と胡粉の組み合わせも、紫と書かれている。これも確かに、かすかに赤紫がかった色に見える。

 どれも、直接紫色を出せる絵の具がなかったために工夫された色である。 紫色の絵の具がない、ということは、逆に人の想像力や工夫を刺激したようである。
 絵画の世界での臙脂色は、ただ赤としての魅力だけでなく、紫の絵の具を作ることのできる赤、としても貴重だったのである。

 臙脂綿については、「日本の色―染料と色の源流を探る―」(紫紅社・昭和54年・吉岡幸雄著)を参考にしました。

2017年5月

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